竹やの女房、暮らしの置き処
竹の世界というものは、機械を使うことがほとんどないために、昔ながらの手仕事そのままが生き続けている。
明治の時代も江戸の時代もこういう工程で竹籠を作っていたであろうことは想像にかたくない。
別府に行くとさすがに竹工芸のメッカであるため、ヒゴをつくるのに機械を使える人がいる。機械といっても古式ゆかしき感じの代物でただ、ここの工程のみは、刃物をつかわないですむというぐらいである。
それにしても、その機械を作る人がもういないので、欲しい人の順番待ち。何がどうなるから中古の機械が出て、ヒゴ取り機械を手にすることができるかはご想像にお任せしますが、、、。
昨日、竹の表皮を剥く刃物、“みがきせん”を大分の業者さんに注文したら、「すみません、もう作る人がいないので無理です」と言われた。
よくよく考えてみれば、竹籠を作る人間が稀少である今の時代、数千円の刃物を作って食っていけようはずがない。
日本の工芸文化は、こういう表にでない職人さんに支えられてようやく息継ぎをしているのだ。
ならば、竹工芸職人を増やせばと安易に考えてもいけない。需要を考えると竹職人も食うに限りがあるのである。良い腕を持ちながら、辞めていく人も多いのが残念でならない。
いまや竹工芸は、生活に根付いたものではなく、一部の竹を愛する人、そして、日本の工芸を愛する粋人が支えていてくれて、漸く息づいている状態なのである。
その上、道具を作る職人さんがいなくなるのは、先々を想うになんともいいがたく、途絶えてはいけないとあせるばかりで、途絶えてしまったキセル職人が頭に浮かぶ。
日本は日本としてあることが重要なのだと想うばかりである。
明治の時代も江戸の時代もこういう工程で竹籠を作っていたであろうことは想像にかたくない。
別府に行くとさすがに竹工芸のメッカであるため、ヒゴをつくるのに機械を使える人がいる。機械といっても古式ゆかしき感じの代物でただ、ここの工程のみは、刃物をつかわないですむというぐらいである。
それにしても、その機械を作る人がもういないので、欲しい人の順番待ち。何がどうなるから中古の機械が出て、ヒゴ取り機械を手にすることができるかはご想像にお任せしますが、、、。
昨日、竹の表皮を剥く刃物、“みがきせん”を大分の業者さんに注文したら、「すみません、もう作る人がいないので無理です」と言われた。
よくよく考えてみれば、竹籠を作る人間が稀少である今の時代、数千円の刃物を作って食っていけようはずがない。
日本の工芸文化は、こういう表にでない職人さんに支えられてようやく息継ぎをしているのだ。
ならば、竹工芸職人を増やせばと安易に考えてもいけない。需要を考えると竹職人も食うに限りがあるのである。良い腕を持ちながら、辞めていく人も多いのが残念でならない。
いまや竹工芸は、生活に根付いたものではなく、一部の竹を愛する人、そして、日本の工芸を愛する粋人が支えていてくれて、漸く息づいている状態なのである。
その上、道具を作る職人さんがいなくなるのは、先々を想うになんともいいがたく、途絶えてはいけないとあせるばかりで、途絶えてしまったキセル職人が頭に浮かぶ。
日本は日本としてあることが重要なのだと想うばかりである。
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竹籠を生業とされている方の生活を穏やかに綴られているtomokoさんのブログを
この記事には、とても共感します。日本人は自国に、すばらしい工芸品や文化があっても気がつかない(評価しない?)風潮があるように思います。竹の世界もそうだと思います。そうして大切なものが徐々に無くなっていく・・・。悲しい限りです。
さて、私のブログで紹介させて頂きました(トラックバックも)。ご報告まで。
コメントありがとうございました。
閑は、主に旦那がやっています。作家ではなく、かと言って職人を名乗るには、まだまだ。スタンスは、一般的に手にすることのできる竹のものを作っていきたいと思っています。
良い物を、幅広い方々に使っていただけるような物作りでしょうか。
若輩ながら日本という国に生まれ育ったものとして竹の文化は大切なのだと、それに携われることに誇りを感じています。
長野は木の文化で、木工関係の方とのお付き合いが多く、いろいろと楽しませていただいてます。
竹の人たちとはお会いする機会がなく、久しぶりに竹関係の人が接触してくれたと、とても嬉しい思いです。
ブログ、充実した内容で、興しろく拝見させていただきました。
時々、覗かせてください。
ありがとうございました。