竹やの女房、暮らしの置き処
工藝といふもの


花舛あじろ

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状差しを作ろうと思った。
“ひご”の巾を数種類用いて柔らかさを出そうと思った。
綿密にひごの巾、長さ、本数をはじきだして旦那に“ひご”を取ってもらう。取ってもらったひごを染めて編む。
竹やの仕事の70%は、“ひご”つくりで、しごく大切な部分。
お客様に使っていただくものだから、より完成度が高いように“ひご”は旦那が担当する。

その昔、竹篭を生業とする夫婦は、男がひごを取り、女が編んだ。
うちの男は何から何まで自分一人でやるのだけれど、私は染めて編むしかやらない。それが良いと思っている。
いいものになりますようにと、大切に編む。

今回初めて、竹の編み目をエクセルでシュミレーションした。
編み目が柔らかい雰囲気をかもし出せるようにと、巾を変え本数を変え、何度も打ち直した。そして、実寸をだした。同一の巾でこれを編むと一つの花の輪郭は丸みをおびず、四角になる。
竹ひごを使ってそれをやろうと思うと、何度もひごを作り変えなければならない。巾、厚み、本数。その時間は計り知れない。

先日、何の気なしに家にあった、白州正子氏の「日本のたくみ」という本を開いた。昭和56年に出された本である。白州正子氏の目を通した工藝家、日本のたくみ達のその手仕事の素晴らしさがつづられている。
中に『お水取の椿』という章があった。東大寺二月のお水取に本尊の前に供えられる椿の造り花のことだった。
お水取の椿は、和紙で造られているとのことで、その和紙を漉いている村の作業にふれている件りに目が落ちた。
和紙の製作過程で竹籠を使っていた。
その籠の美しさに見ほれた白州正子は欲しいと言ったが、それを作っているのは、お婆さんが一人きり。それも高齢でもう作れなくなっていると言われる。

『やがてプラスティックに変ってしまうのかと思うと淋しくてならない。私が淋しいだけでなく、紙を扱う人々の心にも、影響を及ぼさずにはおくまい。―』と無念がっておられた。

この扱う側の人々の心への影響が私ごときで覚束無いまでも分かるのが切ない。

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